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記 合田康代

はじまりは「この先どこに住んで、どんな人生を送りたいか。」という何気ない夫婦の会話から。
北海道で宿をやりたかったのは私。塩狩にこだわったのは夫。

私は生まれも育ちも大阪。夫は北海道のここ和寒町で生まれ高校卒業まで暮らしました。
こちらに移ってくる前の約10年、大阪で共に暮らし、お互いに会社勤めをしていました。
子供も産まれ、この先どこに住んで何をしようか、とボツボツ話をするうち、「北海道で子育てもいいんちゃう」と言い出したのは、北海道に憧れがあった私。夫はどっちでもいい、という感じ。なので、「大阪出身です」というと「よくこんなところまで付いてきたなあ」と言われますが、そういうわけでもないのです。

塩狩ヒュッテの模型 塩狩ヒュッテの模型

「なにをしようか」
学生時代にスキー場の旅館でアルバイトをしたことがきっかけで女将を夢見ていた私。山登りと旅行が夫婦共通の趣味であり、海外旅行ではユースホステルを利用し、全世界から旅人が集うユースホステルは二人の夢でもありました。

[caption id="attachment_366" align="alignnone" width="150"]塩狩ヒュッテが建つ前の姿 塩狩ヒュッテが建つ前の姿[/caption]

「塩狩でユースホステルをしよう」
ユースを建てる場所として、和寒町のなかでもいろいろ候補はありました。でも、「塩狩」であることが大切だったのです。かつては温泉旅館もありにぎやかだった塩狩。もちろん夫も子供のころから地元民として親しみのある場所でした。ところがその温泉旅館も廃業になってしまい、賑わいも過去の物となってしまった今、「この塩狩にあの頃のような賑わいを取り戻せたら。自分たちになにができるか?まずは拠点となるものを作ろう」。それが塩狩ヒュッテです。場所は駅から近く、塩狩の自然が満喫できる現在の土地に決定。

「自分で建てよう」
各地から訪れる旅人さんたちをお迎えする場所。普通の建物ではつまらない。少しでもユニークなものがいい。塩狩を訪れる旅人さんが非日常の空間でリフレッシュして、そしてまた一層元気になって日常に戻ってもらえたら。そんな思いを描き、趣味と特技を生かして夫自ら設計、建築を手掛けることにしました。、

そして構想を始めてから約3年、2012年2月 住みなれた大阪を離れ、和寒町に一家で移り住みました。

2012年2月 真冬の北海道 ヒュッテ建設にとりかかります。

[caption id="attachment_365" align="alignleft" width="150"]北海道産トドマツ218本 北海道産トドマツ218本[/caption]

[caption id="attachment_361" align="alignleft" width="150"]チェーンソーで加工 チェーンソーで加工[/caption]

[caption id="attachment_368" align="alignleft" width="150"]電気カンナで皮を剝く 電気カンナで皮を剝く[/caption]

建物に使う丸太、218本。2011年2月北海道紋別郡雄武(おうむ)町の道有林から造材した天然木。これからこのすべての丸太の皮を剝いて刻む(加工する)という果てしない作業が始まる。ずらりと並ぶ丸太を目の前に、「これ全部皮剝かなあかんのか」と途方にくれた・・。電気カンナで皮を剝き、チェーンソーで加工。丸太の加工は2012年2月からはじめて約8カ月かかりました。

[caption id="attachment_363" align="alignnone" width="150"]ユンボで土掘り ユンボで土掘り[/caption]

[caption id="attachment_362" align="alignnone" width="150"]生コン注入中 生コン注入中[/caption]

丸太の皮を剝き、加工をしながら、基礎を作るためユンボで土掘り。これも自らやってますが、やはり慣れない操作で苦戦。最後はプロが見かねてお手伝いしてくださいました。そして基礎となる生コンを流し込みます。

[caption id="attachment_360" align="alignnone" width="150"]218本、がんばって皮剝きました。 218本、がんばって皮剝きました。[/caption]

[caption id="attachment_359" align="alignnone" width="150"]柱を建てる 柱を建てる[/caption]

2012年10月中旬、丸太の加工が完了。みなさまお待ちかね、ようやく柱を建て始めました。というのも、基礎工事は8月に終わっており、周り人々から「工事進んでないけどどうなってるの?」と心配されておりましたもので・・・。

[caption id="attachment_358" align="alignnone" width="150"]いよいよ棟上げです。 いよいよ棟上げです。[/caption]

通し柱を立てて、管柱を立てて、梁をはめこむ。丸太はユニック車で吊り上げ移動させます。地元の大工さんが一緒に作業を進めてくれました。とても頼りになる大工さんです。

すべて手で加工したので、多少の誤差はあるものの、ほぼ図面通りに進んで型になっていくのが感動的。2012年11月2日、いよいよ棟上げです。

[caption id="attachment_369" align="alignnone" width="150"]ギャンブレル屋根 ギャンブレル屋根[/caption]

季節は移り変わって、どんどん寒くなっていく、日も短くなっていく。早くしないと雪が来る。真っ暗になっても作業を続けました。そして2012年11月7日、屋根がかかりました。この2段勾配の屋根はギャンブレル屋根とよびます。

[caption id="attachment_356" align="alignnone" width="150"]赤いトタン屋根 赤いトタン屋根[/caption]

[caption id="attachment_355" align="alignnone" width="150"]2012年冬の始り 2012年冬の始り[/caption]

屋根にトタンを貼ってもらったその翌日、雪が降りました。ギリギリ間に合った~。赤い屋根が見れたのもほんの1日。雪が降るのが遅かった2012年の冬の始り。塩狩ヒュッテに屋根がかかるのを待ってくれていたかのようです。

[caption id="attachment_370" align="alignnone" width="150"]氷点下での作業 氷点下での作業[/caption]

しかしおちおちよろこんでもいられません。2012年の雪は遅かったけど、一気に来て一気に積もった。まだ壁がない状態の建物。雪が中に吹き込んでくる。雪が降る中、風が吹く中、氷点下での作業。手はかじかむ。電動工具も凍って動かなくなる・・・。

[caption id="attachment_354" align="alignnone" width="150"]断熱材で壁ができました。 断熱材で壁ができました。[/caption]

2012年12月10日、断熱材を貼り終えて、なんとかふさがりました。外壁のサイディングボードは業者さんにお願いするので、これから内装にはいります。

しかしこれがまた、やることいっぱい。完成までにやらなければいけないことを書きあげていると、これまた途方に暮れてしましました。家を造るのってホンマに大変。いまさらですが。

[caption id="attachment_349" align="alignnone" width="150"]フローリングを貼ってます。 フローリングを貼ってます。[/caption]

[caption id="attachment_348" align="alignnone" width="150"]柱を削っています。 柱を削っています。[/caption]

壁にグラスウールをいれ、フローリングを貼り、石膏ボードを貼って・・・丸太は1本1本個性的で、太さも違えば凹凸もある。それに寸法を合わせていかなければならないので、ひとつひとつとても時間のかかる作業です。

[caption id="attachment_353" align="alignnone" width="150"]サイディングボード完了 サイディングボード完了[/caption]

年を越えて2013年2月、ようやくサイディングボードを貼ってもらいました。外から見たら完成したかのようです。しかし中がまだまだなのですよ~。

[caption id="attachment_351" align="alignnone" width="150"]建築完了 建築完了[/caption]

それからおよそ2カ月。3月25日、内装がおわり、建築完了を迎えました。長かった。苦しかった。

本当にたくさんのかたに助けていただきました。ありがとうございました。

しかし実はまだ建物は完成してはおりません。もっともっと素敵な建物になるように、今でも少しずつ手を加えて行っております。これからも進化しつづける塩狩ヒュッテをお楽しみください。

夫はかつて子供ころに見た塩狩の賑わいをもう一度、と多方面で日々奮闘しております。
私はおもにこの塩狩ヒュッテのキリモリを担当。夢の女将さんです。
まだまだ至らぬところがたくさんの私たちですが、塩狩を思う気持ちを大切に。大きなことはできないけれど、自分たちができることからひとつひとつ。こんな私たちにお付き合いいただけると幸いです。